尼嵜まさみ(大阪府)
尼嵜まさみ(大阪府)
体力には自信あり
気配り目配り心配りのおもてなしを心がけています
尼嵜まさみ(大阪府)
*元気配達人の尼嵜まさみと申します。
(call me macyami どうぞよろしゅうにお願い致します)
<自分らしく~私ふう>
東京より阪神淡路大震災の一年前に、夫の転勤によりここ豊中に暮らし24年。
「どこ出身?」とよく尋ねられ「バイリンガルなもので」と場面に馴染む関西弁。
お気に入りの「ヨカヨカ」を発すると「九州やった?」と友人より。
方言を大事にすぐに私ふうにしてしまう。
最後まで諦めずに、前向き志向で体力があり、いつでも元気!元気!
何よりも自然が大好きで趣味は登山:富士山が世界遺産になった年にご来光を仰ぎここから本格派に。
富士山
クルーズ中に寄港したペルーからオーバーランドツアーで行った憧れのマチュピチュ
2年前の宮之浦岳の縦走では、標高1935(いつも曇って見えんでござる+1と覚えなさいと屋久島のガイドさんより)いや1936mの快晴で更に加速の勢い。
この1月には北タイはチェンダオ山に。
常に運動していること(テニス、ヨガ、フラダンス、ヒップホップ)の中に仕事もあり、
2001年、ホームヘルパーの資格からサービス提供責任者業務を経て
人材育成の講師(初任者研修、実務者研修、各種セミナー、NPO日本トラベルヘルパー協会のインストラクター)の傍ら現場の訪問介護や世界クルーズのアテンドでも楽しむここがある。
ハワイフラマウンド
その他、アウトドアクッキングやホームパーティでは、自前の陶芸作品にレシピ開発をした食材を盛ることにワクワクする。
↑お気に入りの釉薬
また、この間に講師仲間より、あ・える倶楽部の情報を得て出会うきっかけとなる。
「今、ここの出会い」は私の原動力@_@
トラベルヘルパーになった5年前より、正にこの瞬間に豊かさが増し人間味が深まる実感を得る。
<阪神淡路大震災>
「今の自分に何ができるのか」と心が拓き、教育学部に編入学し資格を重ね(保育士、幼稚園・小学校・養護の教諭)震災孤児への関わりや人に寄り添う事への関心から公立の保育所で自閉症の子どもと4年関わりながら、在宅ヘルパーとして介護も、実家の両親への遠方サポートも始まっていく。
<世界クルーズの船旅>
2014年4月、80日の世界クルーズに乗船。
洋上ミュージカル「コモンビート」に出演したことがきっかけとなり、表現することの面白みや今、ここでやろうとする意味を知り、次の舞台はオリンピックだと今がある。
洋上では車椅子や杖歩行の高齢者に接し、下船時の自信や笑顔に出会えたことは、トラベルヘルパーにも共通する。また下船後の夏、「イマ ココ」プロジェクト震災支援ボランティアに初めて参加「仮設きづな新聞」を配布した石巻から福島、郡山、宮古を経て土砂災害の広島へ。
↑石巻
更に心が素直に反応する自分に気づく。
<母の最期の旅と繋がる あ・える倶楽部との出会い>
昭和元年生まれの父は77歳で虚血性心不全により他界。
エンディングノートが出回る前から「どこで葬儀をしたら安い」など父らしい記載が満載で微笑してしまった。
昭和6年生まれの母は78歳で他界。
慢性腎不全を患い10年間、一日おきに透析に通う生活を送り、妹夫婦と最後の旅は、車で栃木の佐野へお墓参りに。
成長した孫が車椅子を押す姿を眺めて「大丈夫なの?めぐちゃん」と微笑んでいる姿を想像する。
↓お嬢さんのめぐみさんは、あ・える倶楽部HPやチラシで登場してくれています
「今、ここの出会い」があることを大切に、旅は最高のリハビリであることに共鳴し、「感謝・感激・感動・奇跡」の4kが更に拡がり「きづな・協力・家族・貴重・共有・共感・気づき・工夫」とKが繋がっていく。
お客様とのお出会いには、毎回、沢山の喜びとパワーをいただき勢いづく。
これからも成長したいとこの春から新たな環境が原動力となる予感に、平昌冬季オリンピックの感動が2020年オリパラ介護に向けて弾みをつける。
↑お客様と一緒。「昔訪れた京都」
↑お客様と一緒。宝塚ミュージカルのルパン三世を鑑賞し帰りのポートアイランド
↑お客様のオリンピック会場の下見のお出かけ。
↑なばなの里フラワーガーデンへ
介護経験のないご家族の親孝行旅行をトラベルヘルパーがお手伝い
お客様と一緒。舘山寺温泉でゆったり
熊本の同級生に会いに。同窓会の後の一杯。
最後にこのメッセージに目を通していただいた皆様との出会いができますようにと感謝をこめて。